五輪2連覇を懸けた2008年北京五輪を、左脚付け根の故障で欠場して以来、度重なる故障に悩まされ続けてきた野口。久しぶりに見る笑顔だった。実際、一昨年秋に2年5カ月ぶりに実戦復帰を果たしたものの、その年の12月に左足首付近を疲労骨折。それが癒えると、今度は左臀部を肉離れ…。「何度も諦め掛けた」という。それでも「諦めることはできなかった。マラソンで本格的に復活できたところをたくさんの人に見てもらいたい。諦めない姿を見てもらいたい…」。
昨夏の世界選手権(韓国・大邱)はテレビで観戦した。ケニア勢が表彰台を独占する状況を目の当たりにし「燃えてきた。スピードと持久力をさらに高めて負けないようにしたい」。心身ともに充実してきたからこその言葉だった。それを裏付けるように、世界選手権が開幕した8月の月間走行距離は久しぶりに「1000キロを超えた」という。そして10月にレース復帰。11月にオランダで行われた15キロロードレースでは、左膝に違和感を訴え、周囲を冷やっとさせたが、「(今後に)特に影響はない」。何とか再び五輪を狙うところまでたどり着いた。
身長150センチと小柄ながら、大きなストライドで力強く進む本来の走りがよみがえれば、大邱で勝負にも絡めなかった日本チームにとって大きな希望の灯となり、国内のライバルたちにも刺激を与えられる。
出場を表明している大阪国際女子は、北京五輪代表選考会を兼ねた2007年11月の東京国際女子(当時)で優勝して以来のフルマラソン。「(五輪代表を狙う機会は)最後かもしれないので、強い気持ちで臨みたい」。
33歳。4年前、スタートラインに立つことすらできず、悲嘆に暮れた舞台、五輪への切符を掛けたレースは、完全復活へ向けた第一歩ともなる。

